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昭和8年3月3日三陸大津波直後に綴られた作文集
普代村は、過去に大きな津波による被害を受けています。これは、その当時に記録された作文集からの抜粋です。
地震から津波まで
高一 北田 透
昭和八年三月三日、午前三時突然大地震が起った。
今までねいって居た我等。突然の大地震の為、外へ飛出した。着物一枚、外は寒い。家内から「がたっ。」と、音がしたが家には何も心配は無かった。
着物一枚なのに、外は寒く胸はおどる。家は今しも転ばんとして居る。母ははだしで児をかばいながら胸をおどらして居る。弟は片方の下駄をはき僕等は後から下駄をはいてはね出した。
外へ出た後もまだ地震はやまない。寒い胸はおどる。
其の中に地震もやんだ。家に入って又床についたが、まだ胸はおどる。寒いと言うよりもおそろしいと言う様であった。
五分後又章地震が起ったが之はすぐやんだ。兄は津浪がくるかもしれないと言った。着物を着てねた。
約三十分後風の吹く様な音がした。それと同時に大波の様な音がした。北の方からは「ごうごう」と音がした。突然『津浪だ。』と言うので床よりはねだし、うらの小山へはね上がった。暗いのでつまづいて転ぶ。又上がる。海の方を見ると海は眞白くなって居た。
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三陸大津波の被害を受けた太田名部地区の様子
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